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東京地方裁判所 平成4年(ワ)108号 判決 1993年5月10日

原告

荒井茂雄

被告

全日自労建設農林一般労働組合

右代表者

初田一夫

右訴訟代理人弁護士

山下登司夫

主文

一  原告の本件訴えのうち、籏野美津江の解雇、解職を求める部分を却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告の専従籏野美津江を解雇、解職せよ。

二  原告が被告の組合員の地位にあることを確認する。

三  被告は原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は、原告が、被告組合が原告を理由なく除名処分にしたと主張して、被告に対し、組合員たる地位の確認と慰謝料一〇〇万円の支払い等を求めているもので、被告は、原告の組合費滞納により原告を除籍(脱退扱い)したと主張している事案である。

二  前提となる事実

次の事実は、当事者間に争いがないか、又は、末尾記載の証拠によって認められる。

1  原告は、一人親方のダンプ労働者で、昭和四八年一一月頃被告組合に加入した。被告は、建設労働者、建設資材労働者、木材労働者、清掃労働者、失対労働者及び一般の中小企業労働者等で構成される個人加盟の全国単一組織の労働組合で、組合員数約五万名、そのうちダンプカー運転手約八〇〇〇名を組織している。

2  被告組合中央本部の下に各都道府県本部があり、被告組合の規約上は、その下に支部、分会、班がある。関東地方には、四〇〇〇名以上のダンプカー運転手が組織されているため、補助機関として、関東ダンプ協議会が設けられている。原告は、関東ダンプ協議会の千葉分会に所属し、昭和五七年から二年間千葉分会の委員長の地位にあった。(<証拠・人証略>)。

3  被告組合の組合費については、一ケ月三〇〇〇円を当月分当月末日払いと定められているところ、規約一二条、一三条には、正当な理由なくして組合費を三ケ月以上滞納したときは譴責、権利停止、脱退勧告の処分をそれぞれの機関の議を経て中央執行委員会で決定する旨定められているが、関東ダンプ協議会は、昭和五九年八月の定期大会で、各分会の定期大会以降、組合費を四ケ月以上滞納した組合員についてはその意思を確認して除籍することとする旨を決定し、これを受けて千葉分会は同年九月に定期大会で同旨の取扱いをすることを決定した(<証拠・人証略>)。

4  被告組合は、原告が組合費を四ケ月以上滞納したとの理由で関東ダンプ協議会において昭和六〇年一二月三日脱退扱いにより除籍したとして、それ以後原告を組合員として認めていない。

三  原告の主張

1  原告は、昭和六〇年六月五日、関東ダンプ協議会書記長杉山忠道(以下「杉山」という。)から組合費の請求を受け、同年一月分から五月分までを支払った際、同人に対し、以前他の組合員の滞納組合費を立替えて支払っていたことがあるので、自分の今後の組合費に当ててほしい旨を頼んだところ、同人が皆と相談して連絡すると約束した。

2  原告は、昭和六〇年九月三〇日、関東ダンプ協議会副委員長横松孝行(以下「横松」という。)に対し、同年六月分から九月分の組合費を支払った。

3  杉山は、昭和六〇年一一月下旬、原告に対し、六月分以降の組合費を支払わなければ除籍になる旨を通告してきたが、原告は、六月五日の前記約束の返事をするのが順序ではないかと反論した。

4  ところが杉山は、原告に対し、四ケ月以上の組合費滞納の事実がないにもかかわらず、しかも、原告の脱退意思を確認することなく、千葉分会執行委員会の決議も経ないで、昭和六〇年一二月三日、原告を除籍(事実上の除名)にしたとして、昭和六一年一月に中央執行委員会に報告してその承認を得たとしているが、そのような承認が仮にあったとしても、そもそもこのような除籍の取扱いは規約に違反して無効である。

5  原告は、被告が違法に、又は、正当な理由なく組合員を除名してはならない債務に違反して原告を除籍名義で除名した不法行為又は債務不履行により、労災保険が打ち切られ、不眠、自律神経失調に陥る等精神的、肉体的、経済的苦痛を受けたが、その慰謝料損害額は一〇〇万円を相当とする。

6  なお、関東ダンプ協議会千葉分会執行委員会は、昭和五八年六月、同協議会書記次長(自称専従)籏野美津江が原告に対し組合を脱退するよう脅迫したことにつき、同人の責任を明確にする旨を原告に約束したから、原告は、被告に対し、籏野美津江の解雇・解職を求める。

四  被告の主張

1  関東ダンプ協議会は、毎年組合員の約三割もが組合費滞納による除籍によって減少している現状を改善するため、ダンプカー運転手の実情を考慮し、中央執行委員会の承認を得て、昭和五九年八月、所属分会において組合員の意思を確認したうえで四ケ月以上組合費滞納者を除籍する取扱いにすることを決定し、規約を緩和した。

2  原告は、千葉分会委員長を降りた後、昭和五九年九月ころから組合費の納入状況が悪くなり、関東ダンプ協議会、千葉分会の督促により、遅ればせながら支払ってきたが、昭和六〇年六月五日、杉山に対し、他の人の組合費を立替えているのでその分を自分の組合費に充ててくれ等といい出した。杉山は、これを断り、原告に対し、今後組合費を滞納しないよう強く要請したが、同年六月分以降も滞納したので、同年一一月初旬頃から再三その支払いを催促した。しかし、原告はこれに応じなかった。

3  そこで杉山は、昭和六〇年一二月三日、これ以上の未納状況が続くと除籍扱いになると通告したが、原告が被告組合に対する不満等をいうだけであったので、原告に対し、四ケ月以上組合費を滞納し、また組合費を支払う意思がないので、やむをえず除籍(脱退扱い)にすると通告した。

4  ところが、昭和六〇年一二月二八日、横山が、原告から以前預っていたという三ケ月分の組合費を千葉分会事務所に持ってきた。しかし、関東ダンプ協議会、千葉分会としては、同年九月分以降の組合費が滞っており、原告自身組合費を納入する意思がないことを言明しているので、除籍決定を変更せず、昭和六一年一月開催の中央執行委員会に原告を除籍にした旨を報告し、承認された。

5  その後、千葉分会委員長人見章一等が、原告からいろいろな不満が出ているから分会の執行委員会で話しを聞いたらどうかとの提案をしたため、昭和六一年六月一四日の執行委員会で原告出席のうえその言い分を聞くことになったが、原告が何の連絡もなく欠席したため、千葉分会執行委員会としては、原告の除籍を変更する必要がないと判断し、現在に至っている。

なお、原告は、平成三年四月に全建総連傘下の千葉土建に加入している。

第三当裁判所の判断

一  組合費を滞納した場合の除籍について

1  被告組合においては、組合員が組合費を三ケ月間滞納した場合、規約上は、中央執行委員会の決定による脱退勧告、中央委員会による除名の処分が定められているが、(人証略)の証言によれば、関東ダンプ協議会においては、実際には以前から、中央執行委員会の承認のもとに、当該組合員の所属する機関において独自に組合員を脱退扱いとして除籍する取扱いがされていたところ、除籍者数が多い現状を改めるため、昭和五九年、この除籍手続につき、滞納期間を四ケ月に延ばしたうえで組合員の意思を確認してすることに変更したことが認められる。

2  原告は右除籍手続が規約に反して無効であると主張するが、これによって規約に反して組合員の権利・利益が害されることとなるものではないから、右主張を採用することはできない。

二  原告の組合費滞納の有無について

1  (証拠・人証略)の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、委員長を辞めて以後、組合費の納入を滞りがちにしていたところ、昭和六〇年六月五日、杉山から同年一月分から滞納している組合費の支払いを催促され、一月分から五月分までの組合費合計一万五〇〇〇円を支払った際、以前組合員田口不二及び宮崎守の滞納組合費を立替えて支払っていたことがあるので、自分の今後の組合費に充てて欲しい旨を依頼したが、杉山からは立替えの件は今すぐ決められないと説明された。

(二) 原告は、その後も組合費を支払わなかったため、千葉分会は、昭和六〇年九月、原告に対し、六月分から九月分の組合費を九月三〇日までに支払うべきこと及び支払いがないときは除籍することを書面で催告し、また、同年一一月一五日にも書面で六月分以降の組合費の支払いを催促したが、原告はこれに応じなかった。当時原告は、我孫子支部にも所属していたが、同支部は千葉分会の下部組織にすぎず、組織的な活動は少なく、組合費は千葉分会が徴収していた。

(三) そこで杉山は、同年一一月下旬、原告に対し、立替えの件と自己の組合費の支払いとは別個の問題であるとして滞納金を支払うよう求めたが、原告が納得せず、組合費の支払をしようとしなかったので、原告らが組合費を徴収することは困難であると判断した。千葉分会は、同年一二月三日、原告を同日付で除籍とすることとし、杉山がその旨を原告に通告した。

(四) その後原告からなんらの連絡のなかったところ、昭和六〇年一二月二八日、横松が、突然千葉分会の事務員に対し、原告から組合費を預っていたのを忘れていたといって九〇〇〇円を支払った。千葉分会は、右金員を原告の六月分から八月分の組合費に充てたが、なお九月分以降の組合費が滞納のままであり、原告からその支払い又は支払い意思の連絡がなかったので、既に取り決めたとおり、昭和六一年一月、中央執行委員会に原告の除籍を報告し、その承認を受けた。

2  右事実によれば、原告は、昭和六〇年一二月三日当時、千葉分会に対し、組合費を四ケ月以上滞納しており、その支払いをする意思を示さなかったものといえるのであるから、千葉分会が関東ダンプ協議会の決定に基づき原告を除籍(脱退扱い)することとした措置に違法はないというべきである。

なお、原告は、組合費を支払う意思があったと主張・供述しているが、(証拠・人証略)によれば、原告は、杉山からの組合費督促に対し、これを拒絶する理由として、四、五年前、脱退した組合員の組合費を立て替えたことを根拠に、その清算を主張して譲らなかったことが認められ、仮に立て替えの事実があったとしても、それが原告のその組合員に対する貸金ではなく、千葉分会に対する貸金であると判断すべき資料もない状況において、杉山が原告の言い分に応じなかったにすぎないことが認められるのであるから、原告に正当な理由なく滞納組合費を支払う意思がなかったものといわざるをえない。

また、原告は、本人尋問において、横松が昭和六〇年一二月二八日に支払った三ケ月分の組合費は、原告が同年九月三〇日に同人に預託しておいたものであり、被告組合が原告の意思確認をしないで除籍する場合のために事前に組合費を支払っておく必要があったと供述し、他方、(証拠・人証略)において、「横松に預けた組合費は杉山が原告の意思確認をするまで預って貰う趣旨であったが、横松が原告に無断で昭和六〇年一二月二八日に同年の六月分から九月分を千葉分会に支払ってしまったものであり、その後の組合費の預託を昭和六一年九月一日まで続けた。」旨の記載部分があるが、にわかに信用することはできないし、仮にそのような事実があったとすれば、ことさら杉山と対峙する不可解な行動というほかなく、前記のとおり杉山が組合費支払いか除籍かを迫っていた事情のもとでは、これをもって原告に組合費を支払う意思があったものと認めることはできない。

三  原告に対する除籍(脱退扱い)について

以上のとおりであるから、被告組合の原告に対する除籍(脱退扱い)の措置は、正当であり、その過程に原告主張の違法・債務不履行はない。

よって、原告の地位確認請求及び損害賠償請求は、理由がない。

四  籏野美津江の解雇、解職を求める請求について

前述のとおり、原告は被告組合の組合員の地位を失っているのであるから、特段の主張立証のない本件においては、右の請求は訴えの利益を欠くものであり、却下を免れない(そもそも原告の主張する請求原因事実をもってしても、いまだ原告が被告に対して籏野美津江の解雇・解職を求める権利を有することにはならないから、主張自体失当である。)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 遠藤賢治)

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